願いを託す
「千羽づるの意味を知ってる?」。
絵本『さだ子と千羽づる』は、この問いかけから始まる。同時に、山口泉さんのチェロによる「鳥の歌」が流れる。
一九七一年十月二十四日、国連の大会議場でスペインのチェリスト、パブロ・カザルスは、「これから短いカタルーニャの民謡《鳥の歌》を弾きます。私の故郷のカタルーニャでは、鳥たちは平和(ピース)、平和、平和! と鳴きながら飛んでいるのです」と前置きして、この曲を演奏したという。
カザルスは、母国スペインのフランコ軍事独裁政権に抗し亡命。「スペインに民主主義が戻るまで二度とステージには立たない」と宣言し、一九三八年以降、フランコ政権を支持するアメリカでのそれをはじめ、いっさいの公の席での演奏を中止していた。
「この曲はバッハやべートーヴェンや、すべての偉大な音楽家が愛したであろう音楽です。この曲は、私の故郷カタルーニャの魂なのです」と語った最後の演奏の姿が伝えられている。
「鳥の歌」は、もともとスペイン・カタルーニャ地方の古い民謡で、イエス・キリストの誕生を鳥たちが祝って歌うというクリスマス・キャロル。
カザルスは、この歌に平和への思いを託し、その後、人びとは、《カザルスの鳥の歌》として、さらに反戦・平和の意味を込めるようになっている。
「自分の願いを何かに託す」、人は、こうしてさまざまな思いを、後世に伝えてきた。
佐々木禎子さんは、病気が治って、家へ、学校へ帰りたという願いを託して、つるを折り続けた。
絵本の後半に、「さだ子は一羽一羽のつるに、ねがいをたくしておりつづけました」という一節がある。
私は、そこを読むとき、いつも緊張する。
先人の平和への願いを、一身に託されたような気がして、それを目の前で聴いてくれている人びとに伝えることができているのだろうか──。(遠藤京子)