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カテゴリ:さだ子と千羽づる
  • 15回目のヒロシマ
    [ 2008-08-15 03:55 ]
  • 広島平和資料館のサイト
    [ 2008-03-03 23:03 ]
  • 8月の広島へのおさそい
    [ 2008-01-24 01:50 ]
  • 2006年9月ニュースレターより
    [ 2007-08-12 03:48 ]
  • 2005年11月「ニュースレター」より
    [ 2007-08-09 04:33 ]
  • 「NPOオーロラ自由会議」ニュースレターより
    [ 2007-08-09 04:21 ]
  • 絵本『さだ子と千羽づる』の紹介
    [ 2007-08-09 03:57 ]
15回目のヒロシマ
絵本『さだ子と千羽づる』朗読会

 8月4日から6日まで、広島の平和公園、「原爆の子の像」の前で、絵本『さだ子と千羽づる』の朗読会を行いました。1994年に、この絵本が出版されて以来、毎年行なってきました。今年で15回目です。

 「千羽づるの意味を知ってる?」ではじまるこの朗読も、回を重ねるたびにいろいろと工夫が加えられ、しばらく前から、小さな折り紙を用意して、聴衆の方々に、つるを折ることを呼びかけています。
 折っていただいたつるは、最終日に「原爆の子の像」の周りのたくさんの折りづるの仲間に入れてもらってきます。

 朗読は、4日の昼過ぎから6日の夕刻まで、繰り返し数人で読み続けるのだけれども、今年はちょっとはりきり過ぎて、最後のほうは、声が嗄れてしまいました。
 参加者たちの朗読、みなそれぞれに個性があって、なかなか良いのです。
 でも、朗読は、数人が交代で行なうのですが、チェロは、たった一人で、繰り返し演奏するので、最後は、右手の指がマメ状態で、ヒリヒリと痛いようです。

 私たちの朗読に足を止めてくださった方々、ありがとうございました。
 そして、来年も、「原爆の子の像」で、お会いしましょう。

 

by npo-aurora | 2008-08-15 03:55 | さだ子と千羽づる
広島平和資料館のサイト
広島平和資料館 のサイトは、なかなか充実していて、いながらにして、資料館の展示が分かります。写真屋、動画もたくさんあり、当時の人びとの様子を伝えることによって、原爆被害が、どんなふうにもたらされたかが分かるようになっています。

by npo-aurora | 2008-03-03 23:03 | さだ子と千羽づる
8月の広島へのおさそい
 今年も、8月の平和記念公園で、絵本『さだ子と千羽づる』の朗読を行ないます。
 いっしょに広島へ行って、朗読に参加しませんか?
 こんな感じでやってます。


 もっと詳しいことが知りたい。
 ぜひ参加したいという方は、メールくださいね。
by npo-aurora | 2008-01-24 01:50 | さだ子と千羽づる
2006年9月ニュースレターより
願いを託す

 「千羽づるの意味を知ってる?」。
 絵本『さだ子と千羽づる』は、この問いかけから始まる。同時に、山口泉さんのチェロによる「鳥の歌」が流れる。
 一九七一年十月二十四日、国連の大会議場でスペインのチェリスト、パブロ・カザルスは、「これから短いカタルーニャの民謡《鳥の歌》を弾きます。私の故郷のカタルーニャでは、鳥たちは平和(ピース)、平和、平和! と鳴きながら飛んでいるのです」と前置きして、この曲を演奏したという。
 カザルスは、母国スペインのフランコ軍事独裁政権に抗し亡命。「スペインに民主主義が戻るまで二度とステージには立たない」と宣言し、一九三八年以降、フランコ政権を支持するアメリカでのそれをはじめ、いっさいの公の席での演奏を中止していた。
  「この曲はバッハやべートーヴェンや、すべての偉大な音楽家が愛したであろう音楽です。この曲は、私の故郷カタルーニャの魂なのです」と語った最後の演奏の姿が伝えられている。
  「鳥の歌」は、もともとスペイン・カタルーニャ地方の古い民謡で、イエス・キリストの誕生を鳥たちが祝って歌うというクリスマス・キャロル。
 カザルスは、この歌に平和への思いを託し、その後、人びとは、《カザルスの鳥の歌》として、さらに反戦・平和の意味を込めるようになっている。
  「自分の願いを何かに託す」、人は、こうしてさまざまな思いを、後世に伝えてきた。
 佐々木禎子さんは、病気が治って、家へ、学校へ帰りたという願いを託して、つるを折り続けた。
 絵本の後半に、「さだ子は一羽一羽のつるに、ねがいをたくしておりつづけました」という一節がある。
 私は、そこを読むとき、いつも緊張する。
 先人の平和への願いを、一身に託されたような気がして、それを目の前で聴いてくれている人びとに伝えることができているのだろうか、と||。
by npo-aurora | 2007-08-12 03:48 | さだ子と千羽づる
2005年11月「ニュースレター」より
『さだ子と千羽づる』野外朗読会に参加して
「さだ子」との出会い。
 私が絵本『さだ子と千羽づる』絵本を通して平和を考えるフェリス女学院大学学生有志SHANTI著(オーロラ自由アトリエ)に出会ったのは、今から約一年八か月前のNPOオーロラ自由会議の総会での事でした。朗読を聞き、また毎年八月五日〜七日に広島の平和記念講演にある「原爆の子の像」の前で野外朗読会をもう十二年連続で行っていると知り、是非とも参加したいと考えるようになりました。
 さだ子さんのお話はいくつもの本が出ており、またテレビドラマ化もされており、私も知っていました。しかしこの『さだ子と千羽づる』は今までの私が読んだことのある本とは全く違っていました。なぜならば絵本の中で「侵略の見開き」という箇所があるのですが、そこで日本が十五年戦争の折り、中国、朝鮮、また多くのアジアの国々に侵略をしていった過去について、やさしい言葉で誰にでもわかるように書かれていたからです。私にとっては大きな驚きであり、強く野外朗読会に参加したいと思うきっかけでありました。それから約一年半経って今年の夏に広島に行くことが叶いました。

八月のヒロシマ
 八月の五日〜七日の広島というのは他の時期にくるのとはやはり明らかな違いがあり、五日の昼頃に平和記念公園に着いてみると、「原爆の子の像」の周りは団体で来たおとなや、子どもが熱心にガイドさんの説明に聞き入っていたり、折ってきた折り鶴を像に捧げる人たちがいたりと混み合っており、朗読をする場所があるのかと心配になるほどでした。
 そうこうするうちに東京方面から遠藤京子さん、山口泉さん、佐藤まさ子さん、山口茜さん、須田典子さんが、現地広島から西村宏子さん、西村未来さんが続々と集まり朗読会の準備が始まりました。
 私たち以外にも色々なグループが思い思いのパフォーマンスをはじめていました。例えば楽器を演奏する人たち、歌を歌う人たちとどこからともなく集まってきた人たちがいて、とても新鮮に感じました。ただ、歌を歌う子どもたちや、ヴァイオリンを演奏する西洋人の子どもたちの表情があまり楽しそうに見えなかったのが気になりました。人前に立って歌を歌ったりする時、緊張しながらもワクワクした気持ちが湧き出してきてそれを押さえようとしていたら、第一声が裏返ってしまうような高揚感があまり感じられませんでした。もしかしたらこういった機会に慣れているのかもしれません。
 市民運動などに幼い頃から接する機会のある人と、全く遠い存在、もしくは知らないままの人との間に境界線が引かれつつあるように見えます。市民運動が専門化していて入りにくいと感じたり、NGOなどとして国際的にも認知される一方で、身近な存在ではなくなっているのではないかと思います。私自身、数年前までは、ただ会社で働き、疲れて眠るばかりで、おそらく市民運動などの存在を知っても、自分が参加するなど考えなかったと思います。少し前の私のようなおとなや、子どもといかに回路を結ぶかが重要なのではないかと感じました。

いよいよ朗読の はじまりはじまり
 さて私たちの方も準備が整い、山口泉さんが朗読の伴奏をするチェロも音あわせが済みました。チェロという楽器は私には馴染みのないもので、近くで見るのは二度目でした。
 弦楽器というと、とても高価で、演奏用のホールで正装して演奏するもので、どこか近寄りがたい印象がありました。ですが、山口さんのチェロは野外朗読会にふさわしく砂ぼこりもうもうの中でもめげることなく、私の楽器一般(または楽器が弾ける人)に対する劣等感のようなものを捨てさせてくれるやさしく親しみやすい音色でした。その証拠にチェロ珍しげに近寄ってくる人たちが三日間でたくさんいました。 そして朗読が始まりました。私は初めは他の方の朗読を聞きながら、絵本の見開きを拡大カラーコピーしてパウチしたパネルを掲げたり、絵本のチラシを観客の方に配る係をしました。経験豊富なみなさんの朗読は明朗で聞き取りやすく、それでいて深みがあって本当に絵本を通して伝えたい事があるのだというのがよくわかりました。だんだん足を止める人も多くなり、暑い中座り込んで聞く人も増えてきました。私はこんなに足を止めてくれる人がいるのだと感心していたのですが、去年参加しておられた方によると去年より人が少なく報道陣の姿も取材の依頼もたいへん少ないのではないかとの事でした。十二年毎年朗読しておられる遠藤さんによると年々人が減り、また公園の中で自由にパフォーマンスをする人も減ってきているとの事でした。
 靖国神社に参拝するような首相率いる党が選挙で大勝したり、イラクに自衛隊が「参戦している」という事実にすっかり慣れきってしまった社会を今年の広島も反映しているのかもしれません。

玄米弁当の差し入れもあり! 
 翌日八月六日は、素敵な朝食で始まりました。遠藤さんがインターネットを通じて、広島での食事について相談されたところ、なんとお弁当を作って持ってきてくださるという方がいらっしゃったのです。しかも六日の朝、昼、そして七日の朝の分もです。私はこのお弁当で初めて玄米ごはんを食べたのですが、すごくうま味があっておいしくて、今では圧力鍋を買い、毎日炊いて食べています。
 また、それまでは漬け物全般がとても苦手で、ほとんど食べたことがなかったのですが、思い切って食べてみたところ、あっさりしていて、おいしいと感じたのです。自分自身とても驚きでした。臭いをかぐのも嫌で食卓に出てくると遠ざけいていたのに。
 また鶏の唐揚げだと思っていたらなんとそれはグルテンでできていたりとか。今まで私の食生活といえば、朝昼晩と規則正しく食べるものの、全てスーパーで買う野菜や肉、魚、時にはお総菜ばかりで、その食物がどのように生産されているのか、何が使われているのかまるで無頓着で、気にするといえば価格ばかりといった状態でした。
 ただ富山に来て(名古屋から四月に引っ越しました)、アパートの裏の畑から、化学物質らしき肥料の臭いがあまりにもきついので、畑を覗いてみると、かなりの面積にわたって白っぽい顆粒がまかれていたり、畑の隅の方に化学肥料の空袋が何枚も置いてあったりで、何だか怖いなと不安に思ってはいました。
 最近勉強した中医学では食物は「水穀」と呼ばれ、それが体の中で消化されると「水穀の精微」となり、それが全身を駆け巡る「気」と変化します。「気」とは西洋医学では実態のない、「科学」では証明されないものとされていますが、中医学では「気」は身体のバランスを整え、栄養を全身に運び、害毒の侵入から身を守る最も重要な物質と言われています。それと同時に「気」の滞りなどや不足は当然、精神にも大きな影響を与えます。そう考えると大切な「気」の元となる「水穀」(食物)が足りなかったり、もしくは汚れていたりしたならば、人間丸ごと不調になってしまうのではないか! とようやく思い至りました。
 中医学を引かなくとも、食物は生命にとって核となるもである事は、誰でも実感として持っているはずです。にもかかわらずその質に関心を払っている人は思いの外少ないのではないでしょうか。
 今回の広島で私は「戦争」以外にも生命を徹底的に傷つけ、死に至らせる仕組みがあるのではないかと感じました。現在、社会問題化している「アメリカ産牛肉」や「鳥インフルエンザ」は氷山の一角にすぎないのではないでしょうか。私たち一人一人が自分の身を守るためにすべき事はなんなのか「おいしい食事」から派生して考える事ができたのは大きな収穫でした。

子どもたちが聞いてくれた!
 話を朗読会に戻します。 
 この日は朝から平和記念式典があるため、多くの人が六時半頃から次々と平和記念公園に集まってきました。そしてようやく私の朗読も調子に乗ってきました。西村未来さんから広島弁の発音(なかなか難しい)を教えていただき、山口さんに伴奏を朗読のペースに合わせていだいたおかげです。
 この絵本を作ろうと思いたったSHANTIの湯浅さんは「さだ子さんのお話」を無心に聞く子どもたちの姿に感銘を受けて絵本を作ろうと思い立ったとの事でした。
 朗読をしている間、多くの子どもたちが足を停めて朗読に聴き入ってくれました。照りつける強い日差しを心配してか、同伴の大人が先を急ごうとするとそれを拒んで、引き留めてくれる姿もありました。確かに人を動かす力を彼らの視線は持っていると感じました。こんなにも真剣に、しかもホールでも会議室でもない、いつでも立ち去れる炎天下で、自分の話が聴いてもらえるのは、初めてであり、本当に嬉しかったです。朗読する際に気をつけたことは、セリフ以外の箇所は穏やかにして、セリフに入ったら少し感情を声に出すようにしたことです。そしてここだと思うところは意識的にゆっくりと語りかけるように読みました。
 雪の日に入院しているさだ子と友だちがなぞなぞ遊びをする場面があります。私はここを読むのが一番好きでした。伴奏の曲(朝鮮の童謡)が明るくて、病とともにありながらも明るくいられる人間の強さを感じさせてくれます。
 折りづるを折り続けるさだ子さんの後ろ姿の絵もあるのですが、生きようとする生命の強靱さが伝わってきます。朗読する横で絵が掲げられているので、聴いている人にも伝わったと思います。
 また、日本語で一人が読んだ後に、もう一人が英語で同じ箇所を続けて読むやり方も試みました。しかし朗読時間が長くなりすぎるのと、英語を読む時には速度の調節や強弱のつけ方が上手くいかず、つい一本調子のなってしまったりとで、なかなか聴衆が集まりませんでした。かなりの数の外国人が広島に来ていたので来年は彼らに聴いてもらうためにも、英語のみでの朗読ができるようにしたいと思いました。

来年も朗読します
 今年の広島での野外朗読会は、広島に集まって来る人が減っている事や報道陣による取材がなかった事など、全体的には低調だったのにもかかわらず、七日は日曜日という事もあってか、例年の七日よりは朝から人が多く行き交っていました。前の二日間に比べると地元の人が多く来ていたように感じました。高校生くらいの男子二人組が自転車で通りかかり、聴いてくれたのは新鮮でした。「今どき」の、その年頃の青年が、絵本の朗読を聴き入る事はきっと珍しく、平和教育が学校で行われている広島であるからこそなのでしょう。またいかにもよそ行きのワンピースを着た三歳くらいの女の子が祖母に連れられて公園を歩いていましたが、絵本を見つけると駆け寄って来て、突然、絵本のパネル持ちに参加するなど、普段の生活では接することのない世代の人びとと交われてこれからもたくさんの人と出会いたいと強く思いました。
 来年も、広島での野外朗読会に参加します。また、何かの折りに一人でも朗読をやってみたいと思っています。機会はきっと作ろうと思えば作れるものだと勇気づけられた三日間でした。
(長谷川千穂)
by npo-aurora | 2007-08-09 04:33 | さだ子と千羽づる
「NPOオーロラ自由会議」ニュースレターより
願いを託す
 「千羽づるの意味を知ってる?」。
 絵本『さだ子と千羽づる』は、この問いかけから始まる。同時に、山口泉さんのチェロによる「鳥の歌」が流れる。
 一九七一年十月二十四日、国連の大会議場でスペインのチェリスト、パブロ・カザルスは、「これから短いカタルーニャの民謡《鳥の歌》を弾きます。私の故郷のカタルーニャでは、鳥たちは平和(ピース)、平和、平和! と鳴きながら飛んでいるのです」と前置きして、この曲を演奏したという。
 カザルスは、母国スペインのフランコ軍事独裁政権に抗し亡命。「スペインに民主主義が戻るまで二度とステージには立たない」と宣言し、一九三八年以降、フランコ政権を支持するアメリカでのそれをはじめ、いっさいの公の席での演奏を中止していた。
  「この曲はバッハやべートーヴェンや、すべての偉大な音楽家が愛したであろう音楽です。この曲は、私の故郷カタルーニャの魂なのです」と語った最後の演奏の姿が伝えられている。
  「鳥の歌」は、もともとスペイン・カタルーニャ地方の古い民謡で、イエス・キリストの誕生を鳥たちが祝って歌うというクリスマス・キャロル。
 カザルスは、この歌に平和への思いを託し、その後、人びとは、《カザルスの鳥の歌》として、さらに反戦・平和の意味を込めるようになっている。
  「自分の願いを何かに託す」、人は、こうしてさまざまな思いを、後世に伝えてきた。
 佐々木禎子さんは、病気が治って、家へ、学校へ帰りたという願いを託して、つるを折り続けた。
 絵本の後半に、「さだ子は一羽一羽のつるに、ねがいをたくしておりつづけました」という一節がある。
 私は、そこを読むとき、いつも緊張する。
 先人の平和への願いを、一身に託されたような気がして、それを目の前で聴いてくれている人びとに伝えることができているのだろうか──。(遠藤京子)
by npo-aurora | 2007-08-09 04:21 | さだ子と千羽づる
絵本『さだ子と千羽づる』の紹介
『さだ子と千羽づる』のあらすじ

1945年、アメリカによって広島に原爆が落とされた後、即死を免れてからも、たくさんの人びとが原爆症で亡くなっていました.そのうちの一人が、佐々木禎子さんです。禎子さんは病床で「鶴を千羽折れば病気が治る」という言い伝えを信じて、薬の包み紙を折り続けたのでした。しかし、彼女の願いも放射能の前にはかないませんでした。彼女の死後、クラスメートは禎子さんのために、また、原爆で死んだたくさんの子どもたちのために慰霊碑を建てることにしました。この願いが日本中・世界中の人々に伝わり、広島に。「原爆の子の像」が建てられることになったのです。
by npo-aurora | 2007-08-09 03:57 | さだ子と千羽づる